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大阪地方裁判所 昭和32年(ワ)5556号 判決

近畿相互銀行

請求原因

一、原告は昭和二九年三月五日大仁値賀子名義で金五〇万円、昭和二九年一二月二日大仁照子名義で金三〇万円の相互掛金契約を被告銀行住道支店との間で締結し掛金を支払つてきたが被告銀行住道支店の得意先係として同支店の原告に関する相互掛金の勧誘、契約の締結集金等一般銀行業務及び之に付随する一切の手続業務を担当していた坂下瑞穂が掛金契約の名義人を架空人名義にすると税法上有利である、手続は銀行の方でするというので之を承諾したところ坂下瑞穂は右契約名義人をいずれも坂下出と変更の手続をした。

二、そうして原告は昭和二九年三月契約の相互掛金五〇万円は満期日にその払戻を受け更に坂下瑞穂の勧誘によつて被告銀行住道支店へ定期預金として預入れることを承諾したところ、坂下瑞穂は昭和三一年四月六日之を坂下出、坂下量、坂下いよの、坂下節子、坂下実の名義で金一〇万円宛支払期日昭和三二年四月六日利率年六分の約定で定期預金として預入れた。

三、前記昭和二九年一二月二日契約の相互掛金は昭和三二年一月まで二五回に亘り原告が毎回金一二、〇〇〇円の掛金をなした。

四、原告は昭和三〇年三月一四日被告銀行住道支店に大仁値賀子名義で金一〇万円を支払期日昭和三一年三月一四日利率年六分の約定で定期預金として預入れた。

五、しかして右各定期預金及び相互掛金の満期が夫々到達したのでその払戻を請求したところ被告銀行は昭和三二年五月内金三〇万円を支払つたのみで残元金六〇万円と前記二の定期預金合計金五〇万円に対する約定利息金三万円の支払をしないから右金員と之に対する訴状送達の日の翌日より年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。と述べ

(被告の抗弁に対する原告の主張)原告は定期預金証書相互掛金証書及び届出印鑑を坂下瑞穂に預けていたところ同人は昭和三一年一〇月四日坂下実名義の金一〇万円の定期預金を担保として被告銀行住道支店より金一〇万円を借出し更に同年一二月一〇日及び二九日に坂下出、坂下いよの、坂下節子名義の各金一〇万円の定期預金を担保として金三〇万円を借出し右定期預金の満期日たる昭和三二年四月六日払戻金五三万円より右借受金四〇万円を差引き残金一三万円を受領し、昭和二九年一二月二日契約の金三〇万円の相互掛金契約についても昭和三一年三月三〇日之を担保として金一五万円を借受け昭和三二年一月四日の満期に右借受金一五万円を差引いた残額金一五万円の払戻を受け、更に大仁値賀子名義の金一〇万円の定期預金は昭和三一年三月一四日同人が被告銀行住道支店より元利合計金一〇六、〇〇〇円の払戻を受け何れも之を着服し原告に対しては全然その支払をしていない。而して坂下瑞穂は被告銀行の被用者であつて前記の如き現金払戻手続に於ける事故は銀行の機構内部に於て生じた事故である。従つて被告銀行の払戻担当者が坂下瑞穂を債権の準占有者と信じて払戻したとしても右払戻しは得意先係坂下瑞穂の不正行為に基くもので且つ同人を選任使用したものが被告銀行である以上被告銀行には重大な過失があり被告銀行の同人に対する払戻しは債権者たる原告に対しては無効である。

かりに右払戻しが有効であるとすれば予備的に原告は被告の得意先係坂下瑞穂の前記行為により金六三万円の損害を蒙つたが右は坂下瑞穂が被告銀行の業務の執行につき原告に与えたものであるから被告銀行はその使用者として之を賠償すべき義務がある。

(被告の答弁)被告は原告主張の事実中被告銀行住道支店が昭和三一年四月六日、坂下出、坂下豊、坂下いよの、坂下節子、坂下実より金一〇万円宛、昭和三〇年二月一四日大仁値賀子より金一〇万円をいずれも原告主張の約で定期預金として預つたこと、昭和二九年一二月二日大仁照子との間に満期給付金三〇万円、満期昭和三二年一月四日の相互掛金契約を締結したこと、昭和二九年三月五日大仁値賀子との間に満期給付金五〇万円、満期の相互掛金契約を締結したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(被告の抗弁)昭和三一年四月六日坂下出、坂下いよの、坂下節子、坂下実より預つた各金一〇万円の定期預金は昭和三二年四月六日に、昭和三〇年三月一四日大仁値賀子より預つた金一〇万円の定期預金は昭和三一年三月一四日に、いずれも各預金者に所定の利息を付して支払済である。昭和二九年一二月大仁照子との間に締結した相互掛金契約及び昭和二九年三月五日大仁値賀子との間に締結した相互掛金契約はいずれも昭和三〇年一二月二二日同人等から右掛金契約に基く一切の権利義務を坂下出に譲渡し名義変更承認請求書が提出せられ被告銀行は昭和三一年一月五日名義変更請求を受領したので右相互掛金契約に基く一切の権利義務は坂下出に譲渡せられ、大仁照子、大仁値賀子は該契約より完全に脱退した。のみならず被告銀行は右掛金満了日に受領権者たる坂下出に給付金を支払済である。

理由

被告銀行住道支店が昭和三一年四月六日坂下出、坂下豊、坂下いよの、坂下節子、坂下実の各名義で金一〇万円宛合計金五〇万円を支払期日昭和三二年四月六日利率年六分の約定で定期預金として預入を受けたこと、大仁照子名義で昭和二九年一二月二日満期給付金三〇万円、満期昭和三二年一月四日の相互掛金契約を締結し昭和三一年一月五日契約名義人が坂下出に変更されたこと、大仁値賀子名義で昭和三〇年三月一四日金一〇万円を支払期日昭和三一年三月一四日利率年六分の約で定期預金として預入を受けたことは当事者間に争いがない。

証拠を綜合すると原告は昭和二九年三月五日長女大仁値賀子名義で被告銀行住道支店との間に金一〇万円口五口の相互掛金契約を締結し、更に昭和二九年一二月二日妻大仁照子名義で金一〇万円口三口の相互掛金契約を締結したが被告銀行住道支店の得意先係で原告に関する相互掛金契約、預金の勧誘、集金及び之に付随する事務の処理に当つていた訴外坂下瑞穂から右各契約者の名義を仮空人名義にすることをすすめられ、その手続は右訴外人がするというので之を承諾したところ右訴外人は右相互掛金契約は自己の取扱う得意先の契約であることを明らかにしておく目的で契約名義人を坂下出と変更することとし、昭和三二年一二月二二日右相互掛金契約に基く一切の権利義務を枚方市中振二四坂下出に移転したいから名義変更を承諾してもらいたい旨の請求書を作成し右契約名義人をいずれも坂下出と変更したこと、右名義変更後も引続き原告が掛金を続け、前記金一〇万円口五口の相互掛金契約は満期となつた。そこで坂下瑞穂は原告から右掛金五〇万円を引続き被告銀行に定期預金とすることの承諾を得たので昭和三一年四月六日坂下出、坂下豊、坂下いよの、坂下節子、坂下実の名義で各金一〇万円宛の期間一カ年間、利率年六分の定期預金として被告銀行住道支店へ預入手続をとつたこと、原告は前記金一〇万円口三口の相互掛金は昭和三二年一月末まで二五回に毎回金一二、〇〇〇円宛合計金三〇万円の掛金をなしたこと、及び昭和三〇年三月一四日被告銀行住道支店へ大仁値賀子名義で預入れられた金一〇万円の定期預金は原告が預入れたものであることが認められる。

従つて右各定期預金の預金者並びに相互掛金の契約者はいずれも原告であるといわねばならない。

被告は坂下いよの、坂下出、坂下節子、坂下実、坂下豊名義の各金一〇万円の定期預金は昭和三一年四月六日に、坂下出名義の相互掛金は掛金満了日に、大仁値賀子名義の金一〇万円の定期預金は昭和三一年四月一四日に何れも受領権者に支払済であると主張するのでこの点について判断する。

証拠を綜合すると、坂下瑞穂は前記の通り原告より金五〇万円を被告銀行住道支店に定期預金として預入れることの承諾を得て、坂下いよの、坂下実、坂下出、坂下節子、坂下豊の名義で各金一〇万円宛の定期預金として預入れ手続をなし更に原告のため坂下出名義で金一〇万円口二口の相互掛金契約を締結したが、同人は引続き右定期預金証書及び相互掛金証書を保管しておつたのと、原告より満期になれば払戻手続をするため大仁値賀子名義の金一〇万円の定期預金証書を預つていたので右各証書によつていずれもその払戻手続を受け右払戻を受けた金員中三〇万円を差引いた残額は坂下瑞穂が自己の用途に使用し原告には交付されなかつたことが認められる。

ところで証拠によると、被告銀行の得意先係は各家庭を訪問して預金や相互掛金の勧誘契約の締結集金等の外に、預金や相互掛金が満期になればその払戻手続をとるため証書や印鑑を預り預金や相互掛金の払戻手続をとり現金を各家庭まで持参することをもその業務として行つていたこと、しかもかかる行為を得意先係は顧客の代理人としてではなく却つて被告銀行の使用人としてなしていたことが認められる。しかも坂下瑞穂が被告銀行住道支店の得意先係であつたこと前記認定の通りであるから被告銀行が同人に預金相互掛金の支払をなしたことによつては権利者に預金又は相互掛金の払戻をしたものということはできず得意先係が預金者又は相互掛金契約者に右金員を交付して始めてその支払を完了したこととなるものといわねばならない。

従つて原告が被告銀行より支払を受くべき前記定期預金、相互掛金並びに利息金合計金九二万円より原告が坂下瑞穂より現実に支払を受けた金二〇万円を差引いた残額金六三万円は被告銀行より原告に支払われたものということはできない。

よつて原告の本訴請求を認容。

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